インタビュー

半谷吾郎先生インタビュー:Vol.2『熱帯の森林と霊長類』

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国宝・犬山城のある愛知県犬山市。ここには、日本で唯一、霊長類を総合的に研究する京都大学霊長類研究所があります。今回は、この研究所で、森林が霊長類に与える影響をテーマとして研究されている、半谷吾郎准教授に話を伺いました。

半谷先生はヤクザル調査隊の事務局長でもあり、1993年以来毎年、屋久島ニホンザルを調査されています。そして2006年から2008年にかけての2年半はボルネオ島でも、そこに生息する霊長類を調査・研究されています。そんな半谷先生に、温帯と熱帯の森林とそこに棲む霊長類についてはもちろんのこと、サルを研究する理由など先生自身に関することや、減りゆく熱帯の森林に関することなどについてもお聞きしました。全4回でお送りします。

vol.2となる今回は、『熱帯の森林と霊長類』と題して、熱帯の森林の特徴、およびその森林がそこに棲む霊長類にどのような影響を与えているのかについて伺いました。一口に熱帯の森林と言ってもアマゾンやアフリカ、東南アジアと場所によって特徴を異にします。

先生が研究されたボルネオは東南アジアの島ですが、東南アジアの森林にはどのような特徴があるのでしょうか。そしてその森林で、霊長類はどのような暮らしを送っているのでしょうか。聞いてみました。

――半谷先生は、森林がそこに棲む霊長類にどういう影響を及ぼしているかということを研究されているということで、それについて伺わせて頂きます。まず、熱帯について伺いたいのですが、熱帯の森林にはどのような特徴がありますか?

東南アジアの森林では、一斉開花・結実という現象があります。この時の結実の量は、大体アフリカやアマゾンと一緒なんですよ。一斉結実の時にようやく他と一緒になる。だから他の時期は本当に果実が少ないんです。これに加えて、一斉開花・結実は季節性が大きくて、予測可能性が低い。東南アジアの環境は、動物にとってとても厳しいんですよね。

 

――では、そんな東南アジアに生息するサルにはどのような特徴がありますか?

アフリカや中南米に比べて種の数が少ないという点が挙げられます。全体ということではなく、1カ所にいる種数が少ない。ある森に棲んでいる霊長類が、ボルネオだと6種か7種。これが南米やアフリカに行くと最大で13種くらいいます。東南アジアだと大体3割ほど少ない。

おそらくこれに関連して、東南アジアには小型の種が少ないという特徴がありますね。アマゾンにはマーモセットのように手の平に乗るようなサイズのサルがいる。アフリカには、体重1kgくらいしかないグエノンのなかまもいます。こういう小さいサルが東南アジアにはいない。アフリカの1セット全ている所では、ゴリラ、チンパンジーの大型類人猿2種、一部ではマンドリルやドリル、そしてニホンザルと同じくらいの中型のマンガベイが最大で2種、小型のグエノンが3種か4種くらい、それと夜行性が少し。一番多い所でこれくらいいるんです。しかし、アジアの場合はフルでいる所でも、オランウータンが1種、テナガザルが1種、リーフモンキーが1種か2種、マカクがカニクイザルとブタオザルの2種、あとは夜行性。これだけなんですよ。つまり、小型がいなくて多様性が低い。これは環境が厳しいことと関連しているとは思います。小型の種は生きられないんでしょう。この他、東南アジアのサルは、果実が少ないので葉っぱなど果実以外の資源に頼っている割合が多いですね。

 

――小型であるとなぜ東南アジアの森林では生存できないのでしょう。

1つは先ほどの脂肪蓄積の話ですが、脂肪を溜めるには必ず体が大きくなければならない。それから質の低い食べ物を消化する能力は、ある程度体の大きさに依存するんですよね。繊維を発酵するのには時間がかかるから、体が小さいと食べ物がすぐ外に出てしまう。

 

――多様性が低い、小型の種がいないと言うこと以外に、東南アジアの森林が霊長類の例えば採食行動などに及ぼしている影響は何があるでしょうか。

東南アジアの森林の特徴である一斉開花・結実をうまく利用しているのは、僕の予想ですが、おそらくオランウータンだけなんですよ。僕がボルネオで2年半調査していた間、1回だけ結実のピークがあって、その時にオランウータンだけ数を増やしたんですね。つまり他所からやってきたわけです。400km2くらいの保護区があって、その中に2か所調査地があるんですが、その両方で増加した。一方、他のリーフモンキーやテナガザルは数が増えませんでした。要は、オランウータンは相当広いスケールで動いているんですね。ある調査地に3年くらい不在だったオランウータンが戻ってきたということがあるそうですが、僕はニホンザルを調査している時に、ひと月くらい見かけないサルがいると、そいつは死んだ、あるいは他所の群れに移籍したと考えています。戻ってくるなどありえない。しかし、オランウータンはそういうことが普通にあるらしいのです。

それから、オランウータンはすごく肥満になりやすい。昔、日本モンキーセンターに小錦みたいなオランウータンがいたんですが、彼らは脂肪蓄積の能力がおそらく非常に高く、一斉結実が終わり果実がなくなると、溜めた脂肪を消費して暮らします。だから、たまにある一斉結実を最大限利用しつくせるような生活様式をオランウータンは持っていることになります。

しかし、鳥ならまだしも、なぜ彼らが10kmとか先に実がなっているのを分かるのかは未だに解明されていません。一斉開花・結実は時間的にだけでなく、地理的にも予測が難しい。広域に起こる場合もあれば、ごく狭い場所で起こる場合もあるんです。オランウータンはなぜかそれを察知し、食べたものを体にため込むことができる。ただ、これにはリスクもあります。日本には春夏秋冬があり、太陽の動きで季節を予測することができます。ニホンザルは秋に脂肪をため込み、冬に脂肪を使いますが、これは必ず春がくることが分かっているからできることです。果実やドングリが不作の年はあれど、葉っぱが芽吹かない年はないので、溜めこんだ脂肪で冬を乗り切ることはそれほどリスクのある行為ではありません。しかし、一斉結実のように予測不可能な環境でそれをやることは、餓死する危険がありリスクが高い。なぜかは分かりませんが、オランウータンはこれを上手に活用しているようです。

おそらく、東南アジアのような非常に厳しい環境に適応した何か特殊な能力を持っている霊長類はオランウータンだけではないかと思います。他のサルは果実のない状態がデフォルト。果実が一斉に結実したら食べるけれど、それがなくても基本的にやっていける、そういう生き方だと思います。

 

――繁殖についてはどうでしょうか?

繁殖はまた別の問題ですね。オランウータン研究者の久世濃子さんらが調査している所では、2010年のすごく大きな一斉開花のあと、オランウータンの子供が何頭か生まれています。ただ、これはたまたまなのかもしれません。出産間隔が2年くらいの種であれば、3~6年に1度起こる一斉結実に繁殖を合わせることはできるでしょう。例えば、カニクイザルは一斉開花・結実があると、それに合わせてみんな繁殖、出産するという研究があります。しかし、出産間隔が8年くらいあるオランウータンはどう頑張っても、合わせるのは無理だと思うんです。自分の子供が3歳くらいの時に一斉結実した場合、そこで栄養状態がどれほどよかったとしても、やはり次の子供は産めないんですよ。オランウータンは一斉結実に適応した体を持っているとは言えますが、繁殖をそれに合わせているとは思えません。

 

――一斉結実を利用することにおいて、縄張りを持つか持たないかの影響はありますか?

それは大きいですね。縄張りというのは、他の個体からそこを防衛する、つまり排他的な範囲が縄張りです。一方、行動圏(ホームレンジ)は、ただ単に動く範囲全体のことで、群れ同士で重なっていることがよくあります。例えば、テナガザルは縄張りを持ちます。縄張りがあるとそこから外に出られないため、大移動は不可能になります。ちなみに、彼らが歌うのは縄張りのためです。オランウータンの場合、ひょっとするとフランジオスは縄張りを持っているかもしれませんが、基本的には行動圏が重なっています。だから重なりを許す種の方が広い範囲を効率的に使うことができます。

 

――一斉開花・結実の予測は人間にとっては難しいとされていますが、それはオランウータンなど霊長類にとっても同じなのでしょうか。

それは謎ですね。一斉開花・結実自体は、低温とか乾燥など気象的な要因がきっかけで起こると思われます。ボルネオやスマトラの気候は、基本的にずっと同じような気候、つまり明確な雨季と乾季がなくて気温も変わらない。それでも何年かに一度は気温が急激に下がったり、何十日間も雨がふらなかったりする。この程度が弱いと、弱いあるいは地域的な一斉開花になりますが、こういうことがきっかけで一斉開花が起きるのでしょう。直近だと、2019年の夏に一斉開花がありましたが、その前にやはり約30日間雨が降らなかったと聞きました。

しかし、それでこれから起こることは分かるにしても、どこで起こるのかは別の問題です。オランウータンが「おーい!どっかに果実があるらしいよ!」とだれかに聞いたとしても、それは「愛知県に行けばいい人に会えるよ」くらいに漠然としたものです。そもそも、ヒト以外の霊長類は会話で他個体から情報を得ることができません。なので、オランウータンが一斉結実した森林に遠くからやってくることは本当に謎です。

ただ、他の生物の影響は考えられなくもありません。例えば、一斉開花の時、蜜を吸うためにオオミツバチが大勢やって来て巨大な巣を作ります。森林には低地フタバガキ林のように一斉開花するタイプと、山地林や泥炭湿地林のように一斉開花しないタイプがあります。一斉開花しない所で普段生きているオオミツバチは、常に非常に広い範囲を探索しているので、開花を見つければミツバチダンスで食物のありかを他の個体に伝え、そこに一気に行くことができます。オランウータンはこのミツバチの羽音を聞いているというのは、想像としては面白いですね。

一斉結実するフタバガキ科の果実 一斉結実するフタバガキ科の果実。落下の際、クルクルと回りながら風に飛ばされる。(Photo credit: Bernard DUPONT)

 

――東南アジアの一斉開花・結実が霊長類に与える影響について、今のところ何が言えるのでしょう。

オランウータンが一斉結実の時に数を増やすということは、我々の他に2つほどの調査地で同様のデータが出ているので、それは一般的な現象だと言えるでしょう。

そして、食べるものも変わります。リーフモンキーは結実期に種子を食べる量が多くなりましたが、他のサルでも結実期に食べ物が変わるということは報告がたくさんあります。ただ、森の結実の状態によって食べるものが変わるということ自体は、ほとんどすべての霊長類に言えることなので、それほど新奇なことではありません。東南アジアが違うのは、それがいつ起こるかわからないということ。そして一斉結実が起こらない時期は非常に厳しい環境であるということです。なので、一斉結実のボーナスをどのように使うかということが重要になります。ボーナスとしてうまくそれを利用できているのがオランウータン。他の種の場合は、はっきりこのように活用しているということは言えません。それは、ボーナスとして使うにはあまりにも予測不可能で困るから。だから、ボーナスがあればラッキー、なくても生きていける、このような生き方を他のサルはしています。例えると、普段の貧しい給料でつつましく生きていける生活をしているのが他のサル、ボーナスを目いっぱい使うのがオランウータンということです。

簡単にまとめると、東南アジアの森林はそもそも果実生産量が少ない一斉結実してようやくアマゾンやアフリカと並ぶ。そして、この一斉開花・結実は予測が難しくこれをうまく利用しているのはオランウータンだけと思われる。話を聞いていると、オランウータンの特異性がますます際立ちます。オランウータンはゴリラやチンパンジーなどの大型類人猿と比べても非常にユニークなサルです。単独で行動し、樹上で生活する。肥満体質で広い範囲を移動する。このような特徴は東南アジアの森林で生きてきたからこそ獲得されてきたのかもしれません。

今回のvol.2では熱帯について伺いましたが、次回は温帯について伺います。温帯の森林と霊長類は、熱帯と比べて何が違うのか。温帯と熱帯、どちらでも研究をしている半谷先生に聞きました。

最後に参考として、ボルネオ島のサルを以下に挙げておきます。

*話にも登場したボルネオに生息するブタオザルはミナミブタオザルですが、現状記事がありませんのでここには掲載しません。

半谷吾郎(はんや ごろう)

1975年、愛知県生まれ。京都大学霊長類研究所准教授。ヤクザル調査隊事務局長。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。屋久島のニホンザルの研究で日本生態学会Ecological Research賞、日本霊長類学会高島賞などの受賞歴あり。分担執筆した本に『ニホンザルの自然社会』(京都大学学術出版会)、『ニホンザルの自然誌』(東海大学出版会)、『新しい霊長類学』(講談社)など、鳥類研究者の松原始との共著に『サルと屋久島』(旅するミシン店)がある。

HP

http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/shakai-seitai/ecolcons/hanya/index.html

ヤクザル調査隊HP

http://yakuzaru.php.xdomain.jp/

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